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よい週末016

東京メトロニュース7月号のテーマは「夏の東京、蕎麦の涼」だった。家の近所の蕎麦屋が掲載されていて、地図で確認したら、早大通りを挟んで家と斜め向かいのビルとわかった。徒歩30秒。モトカノを誘って食べに行った。閑静な住宅街の2階にオープンした店で、インテリアが洗練されていて落着く空間だ。大きな木造テーブルは新宿のMuji Cafeを思い出す。「夜はなるべく予約を」と書いてあるが、その水曜日は誰もいなかった。とろろ蕎麦を注文して、山芋の濃厚なドロドロ汁まで飲み干した。
8時の東京はすこし涼しくなってきた。散歩に良い夜だなと思って、若干遠回りして神楽坂までぶらぶらしていた。神楽坂の坂を下り、飯田橋駅JR西口に出て、それから飯田橋の交差点を越えて日中交流会館を通って、そのまま後楽園に抜けた。東京ドームを一周回って水道橋駅に来た。そして白山通りに沿って神保町まで歩いた。ちょっとした道のりだ。神保町に着いたときにはもう終電。爽やかな夜風が気持ちよかった。

お盆休みだから自分のやりたい放題だった。本や雑誌読んだり、映画見たり、海外ドラマを満喫したり、いろんな友達に会ったりする日々だった。だけど、あまり情報を取りこみすぎて、自分のキャパシティを超えていた気がする。受信のためのメモリ増設だけに目を配った結果、どのプロセスも処理待ち状態だった。CPUの処理能力をあげないと、結局処理できなくてハードディスクに落としてしまうことになる。多少残念だ。
教育心理学でよく取り上げられる天才の育成だが、CPUの処理速度を上げるよりも時間をかける方がもっとも重要なのである。彼らが考えているのは、天才は優秀な親の遺伝子じゃなく、10000時間の練習の積み重ねによって作られるものだということだ。しかも、科学的に実証した。ただ、この10000時間を日にちに換算すると、一日三時間で10年も要するのだ。
成功者が言っている“繰り返し”、”継続は力なり”は、まさにこういうことなのかなと思った。情熱を持って地味にやるしかないね。

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可愛い日本人002

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