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3月, 2011の投稿を表示しています

よい週末030

朝、渋谷ハチ公口、東北関東大地震から2週間。いよいよ花見の季節だ。 通勤電車の混雑、スーパーなどの品切れ、商店街の営業時間短縮、放射性物質で汚染された東京の水道水以外、全て通常に戻っているように見える。地震が来たときに、ちょうど会社の代休で早稲田大学にいたお陰で、あまり大きな揺れを感じなかった。その関係で、新潟地震より軽いほうではないかと友人に断言していたが、首都圏の通勤混乱、広域停電を招くほどの想像にも至らなかった。NHKの生中継を見るとまさに映画『2012』の再現であった。巨大な津波が村を丸ごと吸い込む光景に呆然とした。普段テレビを見ない僕は、あの一週間だけで一年分のテレビを見ていた気がした。 地震が起きてすぐさま、ネット上にデマメールが回され、その次に、スーパー・コンビニの水と食品の買い溜め。あるスーパーマーケットに閉じこまれた人たちの恐怖心理をよく描く『ミスト』を思い浮かんだ。正確な情報が伝わないと、人間が変な方向に走る。 日本のマスメディアが格好を付けて、国民に「大丈夫、全て把握している。我々を信じてください。」という姿勢を崩さない。どのチャンネルを回してもNHKの生中継で、政府の発表、もしくは「専門家」の意見が流れている。 僕は最初にメディアを疑わなかった、というより冷静さを賞賛した。混乱を招く恐れがあるから、事実を全て公開しないあるいは意図的に報道したほうがいいのではないかと思っていた。偶然に、当時のソ連政府もそういう考えで、汚染された野菜を食べた市民に1ヶ月後に事実を打ち明けた。

东京地铁

都市生活是寂寞的,我们在地铁里匆匆擦肩而过,阅历无数模糊的身影和陌生的面孔,时时在同一个空间中相遇,但马上消失在城市的不同角落。这些身影和面孔仅仅会和我们相遇这一个时段,却成了我们一层不变的生活的调味剂。 东京地铁没有伦敦地铁那悠久的历史,没有纽约地铁完备的线路体系,却有着世界最多的乘客,它准时方便,整洁安静,秩序井然,是世界上最具戏剧性的场所之一。 东京的第一条地铁开通于1927年,从银座开往浅草寺的银座线。近90年间不断增添新线路,直到去年又在涉谷和池袋之间新开了副都心线,如今总共有14条线路,全长近300公里,仅次于伦敦和纽约,在世界大都市地铁中长度位居第三。不过以上的数据并没有包含轻轨和路面电车。我们中文说的地铁在日语里有两个含义,"电车"和"地下铁"。前者又分为JR(Japan Railway以前的日本国铁)和私铁(私营铁路),后着才是我们严格意义上所说的地铁(在地下行驶的电车)。 "JR","私铁","地下铁"构成了东京城市的交通网络。40多条线路把郊外和都心紧紧联系起来。这个庞大的网状交通体系肩负着每天2825万乘客的移动任务。老实说比起纽约伦敦人的通勤方式,东京人的选择还真不多,堵得可怕的路面交通?缺少人性化的自行车道?还是香汗贴身的都市铁路?没有国会议员专车,没可能徒步上班的你,只能把私家车停放在车库乖乖地坐电车上班。每天和成千上万的上班族一同奔赴严酷的职场,天天都是春运,时时刻刻打拼。日本人称之为"通勤地狱",早在上个世纪的60年代,通勤高峰的拥挤情况就被视为重要的社会问题。那时候日本国土交通局每年都有关于都市圈交通情况的调查报告,报告中还把拥挤分成若干程度,计算公式也极为简单:拥挤率=运输人数 / (车厢定员数×车辆数×列车数) × 100%。定义100%为定员,150%肩并肩可以自由阅览报纸,180%身体相依能读报,200%报纸就别指望了小人书还行,250%”身不由己“连手也不能动弹,300%物理空间的极限。被称为婴儿潮的那一代日本人有过切身感受。我们可以理解春运的疯狂,带给中国交通体系的压力,也能忍受一时并获得和家人团聚的愉悦。但是那个时代的日本人每天如同春运,不得不承受300%的压力,一个高速发展却又令人绝...

よい週末029

昔、大学の先輩から外国人は大体日本に来て3,4年目になったら花粉症の辛さを体験できると聞いた。最初マスクをしている花粉症病者をからかっていたが、皮肉にも自分がこの説の強力な支持者になった。3年前に多摩地区の花粉にやられてから、症状が年々ひどくなってきた。特に、目だ。最近、朝起きたら目が痒くてたまらない。軽くこすると24時間連続勤務の血眼になる。もう外に出たくない。 にもかかわらず、土曜日は西村という早稲田ビジネススクールの先生の最終講義を聴きに行った。人がいっぱいいるけれど、学生っぽい人は2,3人しかいなかった。普通は、欧米、中国とかで若者殺到の最終講義なんだが、早稲田ではその流行りに乗れなかった。 僕は、久しぶりに大学の講義を受講したせいか、すこし興奮気味。まあ、結構適当に聴いていて、好きなところをメモとかもするけれど、ちょっとつまらないと思ったらすぐ寝ちゃう。たまに肝心な箇所を寝過ごしたこともあるが、今度はちゃんとアウトラインの配布資料もあって、安心して寝れた。 大蔵省出身の西村先生は思ったより頭が柔らかくて、3%国家(世界GDPシェア)と言われる日本の行き先を分析してくれた。無理やり人口を増やす過激な論調やほどほどでよしとする日本辺境論よりも、個人参加の金融立国が最も現実的な戦略だと西村先生は言っていた。 (講義の詳細について、僕のfacebookを見てください)