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上海油画体验课

“艺术并非高不可攀,零基础一样画得美!” 最近常见这样的宣传口号,面向零基础的小伙伴们,专业老师手把手教,三四个小时完成一幅油画。“零基础”和“手把手”这两句营销用语让人心动,圈都画不圆的我信心倍增。于是周末去探了个究竟。 朋友提前在点评上买了团购券,预约了中山公园的一处画室。说是画室,其实是附近三室一厅的小区公寓,一个前台、一名老师和满座的学生。由于价格比价公道,十几平米的房间塞满了人,其他房间也被安排地“妥妥的”,所以“手把手教”基本上是妄想,全靠自己瞎折腾。后来才明白广告说的“零基础”是指油画,素描零蛋的,人家不管。。。才一节体验课,总不能期待成梵高吧。 课程开始先选画,可以选择自己喜欢的图片或大师作品进行临摹。初学者强烈建议后者,不然仅仅是调出照片中的颜色就会让你受挫。选定对象后在画布上描出大致轮廓,然后就可以一块一块地上色了。技巧是先上背景底色,后勾轮廓和被写物的色彩。体验课大概就教授了这些,中途还有前台小姑娘帮忙挤染料调色。 选照片 学生作品展示 学生作品 就这样涂涂抹抹了一个下午。只要耐心一笔一笔地描,零基础也能有不错表现,绝对是功夫活。闲聊中得知老师是上师大美术系毕业,80后。负责日常教课,画室的推广运营另有他人打理。周末常常是爆满,平日相对清闲一些,教教素描基础班。 画室 我的作品

日本人真会过劳死吗?

文/三田 端正的工作态度是做给别人看的,在日本也一样。这个,我进公司那阵儿就懂了。下班要等领导和前辈先走之后才能动,老一代日本管理层坚信大家一起加班奋斗才是团队精神的体现,同时还能维系同事间情感,他们中的很多视加班为职场润滑剂。 最初我也先走过几次,因为工作都干完实在无聊。没多久前辈就旁敲侧击地开始”关怀“我的工作情况,同期(同一年进公司的应届生)也会私下与我”交流“,领导甚至都不用给脸色,自诩工作高效、态度认真的我就拗不过,乖乖顺服下来。当然后来加班愈多也没机会早回去,回家的问题就自然而然地解决了。加班越发红火,却发现一直否定我工作”作风”的那位同期一个礼拜没来上班,才意识到加班也有适合不适合这一说。等到他一个月都没来露面的时候,终于从前辈那里听到了官方说法:他得忧郁症了。一个平时谈笑风生工作起来认真负责的人,精神面却脆弱得可怜。修养一年后归队的同期被调到处理杂务的企划部门,做着不痛不痒的活儿,我也不知道他是被抛弃了,还是被救了。只能感叹:不愧是发明”过劳死“的国度,对待此类事物如此镇定自若,处之泰然。 过劳死是因为工作时间过长、劳动强度加重、心理压力过大、存在精疲力竭的亚健康状态,由于积重难返突然引发身体潜藏的疾病急速恶化。日本的经济奇迹造就了“过劳死”一词,经济奇迹的泡沫破灭后,企业通过削减人工成本及雇用兼职员工的方式,来应对需求持平或走软的状况,这意味着同样的工作量,要由数量下降了的全职雇员来承担完成。据说30来岁的男性超时工作问题尤为严重。官方数据显示,他们中有四分之一的人每周工作时间超过了60个小时,真实的数字则可能更高。 (上图平成25年是2013年) 大家或多或少都听过有关日本公司的加班轶事,其实没大家想象那么惨。NHK做过统计,过去十多年过劳死/过劳自杀的数量虽有3倍之增,但还不到200人,远远低于失恋自杀的人数。《中国青年报》的数字才叫人惊悚:“巨大的工作压力导致我国每年“过劳死”的人数达60万人——中国已超越日本成为“过劳死”第一大国。意味着每天约超过1600人因劳累引发疾病离开我国。“我承认引用中国青年报的数据是一大失误,不过哪怕除去一个零,也是我国人民比岛国人民劳动于水生火热。 正如中国青年报报道的任性,日本企业的长时间敬业加班也大有水分。据经合组织(OECD)统计,日本企业员工的生产力偏低,同样时间内...

芸術家の娘008

こんばんは、saraです。 上海に住み始めて3ヶ月が経ちました。 日本人としてこの時期中国に住んでて大丈夫?といろんな人から聞かれますが、上海は意外と大丈夫な方なんじゃないかと思います。 何もないと言うと嘘になるけれど、この前も「国の事は国の事だから、俺らの生活に関係あるのは日々の仕事や家族の事で、国の事じゃない。だから日本人だからって気にしなくていいよ。」と、あるタクシー運転手に言われました。 上海に住んでみて、一番のカルチャーショックだったのは地元上海人の考え方かもしれないです。香港に住んだ経験もあるし、大陸内の上海以外の地域出身の友人も多いのですが、これまでに接した友人や知人たちとは全く違った感覚で生きているんだなーとしみじみ思う事が多いです。 特にビックリしたのは彼らの恋愛感覚の違いです。 上海では、テレビのお見合い番組にも男性とその母親が同伴してテレビ出演しているような場所なので、やっぱり家族の意見が恋愛や結婚にも重要になってくるようです。 知り合いに外国人の60代後半と付き合っている上海人の20代後半の女性がいて、彼女と親しくなってよく話すようになったのですが、彼女に以前の彼氏の話を聞いたところ「前の彼氏は他の地方出身の大学の先生で3歳年上だった。」と話していました。日本で考えると3歳年上の大学の先生と、60代後半のおじいさんとどっちがいいかな?って考えた時に、ほとんどの人は「三歳年上の大学の先生」を選ぶんじゃないかと思います。でも、彼女にその元彼と別れた理由を聞いたところ「家族が上海以外出身の人は絶対にダメって猛反対だった。」と言うのです。それで、「今の彼氏については家族は何て言ってるの?」と何気なく聞いてみると「私のおばあちゃんもみんな気に入ってるし、よく週末に一緒にご飯を食べたりしてるよ。」との事。 でも、そのおじいさんは心臓にはペースメーカーが入っているし、前立腺がんの手術もしているので彼女が子供を産めるかというと絶望的なんじゃないかと思います。でも、家族も賛成と聞いたので「外国人なら上海人じゃなくても家族もみんな賛成って言うこと?」と聞いてみると、「うん、だって外人は外人だもん。」との事。 その時の会話は彼女には当然の事という感じだったけれど、私には何一つ理解できず・・・でも、話をよく聞くと「おじいさんはお金がたく...

芸術家の娘007

おはようございます、saraです。 最近、中国での物件探しを始めました。 今はスペインのバルセロナに住んでいて、今までスペインではバレンシア、マドリード、バルセロナで生活したことがあります。海外生活というと留学していた香港に住んでいたこともあります。短期留学では西安にも住んでいました。 今回、自分で物件を探そうとしてみていくつか驚いたことがあったので、この記事を書く事にしました。 もちろん、今までに本などで読んで知っていたこともあるのですが、日本と違って生活スタイルが本当に多様なんだなと実感させられました。 まだ海外生活の経験は浅いけれど、今までに見聞きした範囲で各国の状況を比較してみたいと思います。 スペイン 現在不景気ということもあって全体的に家賃はそんなに高くないです。私が住んだり見たりした範囲で言うと家賃は6万ぐらいから10万ぐらいの価格帯が一番多い気がします。郊外や地方都市だとかなり安く、都市部でもそこまで高くないという印象です。もちろん、高級住宅地の家賃はそれなりに高いと思います。広さは細かい数字までは聞いていませんが70平米以上ある場所が比較的普通なような気がします。間取り的には寝室が三部屋以上ある家に住んでいる人が多く、リビングやキッチンもゆったりしていて、シャワーやバス、トイレなどは二カ所以上ある物件が多いです。 スペインの物件がこういう間取りになる理由には家族や親戚、親しい友人というコミュニティーを大切にする習慣があるからだと思います。 大学生はお金がないので大抵は2〜3人ぐらいで上に書いたような一般的な物件をシェアしているケースが多いです。そうすると都市部の便利な立地で家賃が例え12万ぐらいしても二人や三人で分ければ4万〜6万ちょっとという感じで、かなり経済的になります。 中国の都市部でもそうらしいですが、ここスペインも基本的に賃貸には家具や家電の一部が付いている事が多いです。更に新しく必要な家具・家電を追加・交換してもらう際には追加で少しお金を払って大家に購入してもらうそうです。 日本 日本で大学時代に見聞きした友人の物件の多くは一人当たり7万ぐらいから13万ぐらいが多かった気がします。もちろん、家族で住めるような広さはなく、「狭くて友達も呼べない」という物件に住んでいる人が多かった気がします。 ...

芸術家の娘002

こんにちは、saraです。 私にとって中国人との初めての出会いは母親が私を妊娠している時にまで遡ります。 それはどうしてか?今からお話させていただきます。 80年代のスペインのバレンシアという街にはまだ東洋人がほとんどいなかったそうです。 (ちなみに2012年現在の移民局はアフリカからの移民が大量にいて、続いてアラブ系や数名の中国人、パキスタン・インド人などの東洋人たちという順に多い気がします。) 両親のスペインでの友人のうち、数名は移民局で順番待ちをしている時に話しかけられたという人たちです。順番待ちと言っても当時は毎日早朝から並んで、やっと数日後に中に入れるというぐらい待たなきゃいけなかったみたいです。 当時私を妊娠していた母親が移民局で順番を待っていると、片言のスペイン語で中国人の人が話しかけてきました。 「君たち子供ができるのか?ご飯の心配はないか?うちでちょっと仕事を手伝わないか?」 というような事を言われたそうです。もちろん私の両親も片言のスペイン語しかできないので、お互いの会話は「これ作る!」「分かった!」「これできる?」「できる!」みたいな会話だったと母は振り返ります。 自分の両親のような芸術家という職業は展覧会やアート系のイベントが立て続けにある時は忙しくなって、経済的にも一気に余裕が出来る訳ですが、逆に数年間仕事がないというようなこともザラにあります。 きっと当時もどちらかというと展覧会に恵まれない時期だったのかもしれません。もしくは妊娠中で思うように仕事ができていなかったとも考えられます。 移民局で両親に話しかけてきたという中国人はバレンシアで初めて中華料理店を開いた人でした。家族を中国に置いて一人で出稼ぎでやってきた人で、「レストランの入り口に龍の絵を描いてもらいたい」と言われて父親は龍の絵を描いて、妊娠中の母親はデザート作りの手伝いをしていたそうです。母は今でも時々杏仁豆腐を作るけれど、もしかしたらその頃に習ったものなのかもしれないです。 両親がレストランで手伝いをしていた頃は店の人たちと一緒に所謂まかないの昼ご飯や夕食を共に食べていたと言っていました。母親のお腹はすぐに大きくなって、レストランでのお手伝いもごく短期間だけで終わってしまったと言っていたけれど、私の...

当国界消失那天

以前在会馆住的时候,有位南京大学历史系博士生交换留学过来。他这个人性格开朗,笑起来像色狼,严肃起来像个同性恋。 刚开始以为他是研究日本史的,过来收集资料写论文。大家在一起说闲扯淡时难听他说两句有关日本的,倒是什么话题都能扯到中国的这个那个朝代,这本野史那些风流轶事,贪官污吏,这个美女那个流氓的。后来才知道他是个彻头彻尾的中国史专攻。 我就纳闷他来日本有何贵干? 他一本正经地说,在日本研究日本史的最终三分之一多会转到中国史方向上。原因有二:第一,日本用自己的文字记录历史以前很多都依赖中国史书的记载再现历史。也就是说,对于汉文和中国历史没有一定的理解意味着很难有进一步的成果。第二,日本史从地域和时间的维度上相对比较封闭,近百年的日本史研究已经逐步健全,很多领域没有多少研究余地或者说难有举世瞩目的成果出现。所以造成一部分学者出逃中国史。老实说日本的中国史研究不输给中国本国的研究。 他又笑眯眯地说,你知道日本历史上有一段空白吗?它不是焚书坑儒,或是当权者有意抹杀,而是有一年中原起了大火,烧了部分史书,而这史书记载的就是日本那段历史。我相信这是个笑话。 在宿舍的时候总能听他啰嗦,对于只关心现在和未来不计较过去的我未尝不是好事。后来我读到了历史学家葛兆光的文章,让我重新审视什么是中国,中国人,纠正了义务教育灌输我的某些观念。我也不再用主体思想套用于个体身上,因为国家这个概念已经随着时代变了。

よい週末027

ある研究によると、一人当たりのGDPは5000ドルを超えると、GDP指数が増えれば増えるほど、その地域の住民の幸福度が上がるという。中国の一人当たりGDPは約4000ドル、大部分の都市は5000ドルを超えている。いくら世の中が不景気でも、毎年8%前後のGDP成長率で、きっと幸せを感じるだろう。実際、僕は中国に帰るたびに家族の皆の幸せを実感できる。親戚が所有したマンションはもとの価値の270%までに膨らんでいる。手を出した瞬間の喜びは想像できるでしょう、ETFより、株より、FXよりも。 景気が回復しているだろうか。今年の年末ボーナス(中国では年に一回ボーナスをもらえる)は昨年より30%増え、約25000元(ホワイトカラーのみ)だそうだ。不動産の値上がりにしてあまり大した成長はないが、マンションを買わない限り、豊かな生活を送れると思う。日本に比べると、食べ物と家賃は若干低い、交通機関は大分安い。 ちなみに、帰りに北京国際空港で不動産の広告をちらっと見た、北京第2環状線(東京の山手線に該当する)のある物件は460万元の値段で売買されている。不動産市場過熱を抑制するために様々な政策を実施したため、この日本円にして6000万円超えの物件、去年よりあまり変動していないようだ。 北京、上海のような大都市はまもなく2000万人規模のメガシティに突入、交通渋滞、生活環境の悪化、医療、教育機関の負荷も限界に近づいている。それにもかかわらず、地方の若者、農民工は上京の希望が強い。また、現在あまり人気のない人口1000万の地方都市ー瀋陽、西安、成都などについては、不動産神話の寸前にある都市としてインフラ整備が改善されつつある。空港を降りてすぐ目にしたのは不動産の広告看板、しかも市内まで続いている。大体10本計画中の地下鉄路線のうち、1本か2本は既に運営している。土地の価格が安くて、外資企業の優遇政策もまだ残っている。賃金が低く、市場としての魅力もある。次の投資先を考える際に、上記の地方大都市を逃さないように。

よい週末025

中国のホワイトカラーの週末。 ベッドルーム、コーヒーショップ、公園、さらにトイレ......インターネットさえあれば、あなたは、世界有名大学、人気教授のクラスを、いつでもどこでもしかも無料で受講できる。 2010年初頭から、中国本土でオープンクラスのブームが広がっている。これらの“聴講者(受講者に対する言い方)”は1年足らずの時間で急速に増えてきた。このブームの背後には、10年の間も拡大し続けている国際教育資源のシェアとオープンがある。このキャンペーンの先導者は、知識の共有は大学の第一の使命であり、インターネットや他の新しい技術を用いて、少数精鋭ではなく、より多くの人に高等教育を提供すべきだと確信している。 中国のホワイトカラーにとって、オープンクラスはまるで空から落ちてきた知識の饗宴、知らないうちに人々の生活に入り込んだ。それは一人独占のマスタークラスであり、新しい生活でもある。 「学習、生活、あらゆる面においても、誰かに牽引されているようだ。脱力感、困惑、混乱。肩苦しく前に進みながら、『幸せ』のレッスン(オープンクラスの一つ)を聞くのは唯一のやることとなった。」 これは、Doubanの“1時間早起き、毎日オープンクラス”コミュニティに書き込まれた言葉だった。このコミュニティは学習日の進行状況を把握しながら、メンバとともに毎日20分オープンクラスを受講する。1ヶ月になっていないのに、約1500の参加者を集めた。