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ラベル(可愛い日本人)が付いた投稿を表示しています

可愛い日本人006

あまり親しくない知人、一、二度しかあったことのない知人からのお誘い。わたしは、メールを返すべきか?無視すべきか? 本日、わたしは、ある人からのメールを拝見した。 それには、こう書いてあるではないか。 「こんにちは、一昨年にお会いした、室岡春樹(仮名)です。古いメールを見つけて、貴方のアドレスを見つけました。そして、今、連絡させていただいております。 私は、以前、ABCカンパニーで、働いており、今はこれこれこういう仕事をしております。」とご自分の状況を語る・・・ そして、「あるワイン会で知り合った方と、色々なお友達ができました。それが、今後も続いております。年齢も職業もまちまちなのですが、よろしければ、いらっしゃいませんか?」 という、とりとめのないお誘いでした。 私は、このメールに正直、戸惑いを感じ、すぐにメールをすることはやめました。 第一に、この人と知り合ったのは、3年前だ。しかも、ある知人を通じて、8人くらいで、一度だけ、お食事をしただけである。 第二に、その知人自身、そんなに親しくはないし、もう連絡をとってはいない。 第三に、この人は、かなり年の離れた人で、正直、私が持った印象がよくない。もちろん、 恋愛対象として見てはいないが、正直、うっとおしい、ねちっこいと感じてしまった。 第四に、別にこの人たちのワイン会にいっても、私にメリットがない。 第五に、近況を話し合いましょう・・・ということなのだが、別に自分の近況をこの人に打ち明ける意味がない。 というわけで、私は、お母さんに相談した。 「この人からのメールを、丁寧に返信をすべきか?あるいは、無視すべきか?」 母の答えは、「きちんと返信しておきなさい。」 だが、わたしは、本当にこの人の顔もほとんど覚えていないのである。 さらには、言ったとしても全く面白くないことが目に見えている。 でもとりあえず、 「お誘いありがとうございます。残念ながら、今回は伺うことができないのですが、また、 機会があったら、是非お願いしたいと思います。」という、社交辞令が必要だろうか。 わたしは、若者だから、こういうの、正直、面倒くさいと思ってしまう。 自分が、今後、関わりたくない人間だから、もういいやって思っしまう。 だから、とりあえず、今日は、返信しないことにした。 そして、...

可愛い日本人005

写真が大好きだね。日本人!携帯でパチリ!デジカメでパチリ! 写真が好きな日本人! すべて、目だけではなく、記憶に残しておきたいの。なんでもとっておきたいの。 コレクションすることが大好きなの。 アルバムを見開いては、昔を懐かしむことが大好きなの。 まぁ、これは日本人だけではないことはわかっています。 でも、旅行にいってはパチリ、海外旅行では特にパチリ!!! 昔はいつも、カメラを肩からぶらさげて・・・、という光景が見られました。 日本人=カメラという構図は今でも、外国人のなかではあるようです。特に、アメリカやEUなどね。 今は、携帯やデジカメだよね。みんな絶対に二つとも家にあるでしょう。 今は、中国人も、韓国人だって、写真をとることはきっと当たり前だけれど、 20年前はどうなの? そんなに普及していたの? 一部の富裕層だけではない? 昔は、日本人の技術=精密機械=電子機器=カメラという構図であったのではないかな?だから、日本人が海外にいくとき、一種の自慢、ステータスとしてカメラは必須だったかもね。 そして、ことあるごとになんでも、「パチリ」「パチリ!!!」 西洋人はそんなには撮らないでしょ?きっと奇妙な光景だったのではないかしら? 特に、ブログやFB(フェイスブック)にのせるために、写真を撮る人いるけれど。 という私も、ちゃっかり写真とっちゃってますみたいな★ でも、モラルは守ってほしい。 特に、一流レストランで、出てくる食べ物をいちいち写真で撮る人。 本当に恥ずかしいじゃない!ちょっと下品でしょ。 そう思わない?わたしはそう思うよ。 わたしは、それだけはしないと決めているけれど。 だって、レストランにとっても品位を下げられて迷惑でしょうが・・・。 でも、もう慣れてしまったのか、ウェイターの人もほとんど言わなくなったね。 その時の美しい物や美しい人を撮っておきたいという気持ちはかなりわかるよ! でも、やはりその中にも一定の度を越えないようにしてほしいなと、私は思うのよ。 最近は、断りもなく勝手に他人を写真で撮る人もいるけれど。 これってモラルの問題じゃない?失礼じゃないの? なんだかんだで、この間、ハロウィンパーティで、見知らぬおじさんに勝手に写真を撮られました。 私は、本当にその時、少...

可愛い日本人004

日本人は、「お世話になりました。」が大好きだねぇ! みんな日本人は、「お世話になりました!」っていう言葉がだーいすきなの!知っている? 「いつもお世話になっています。」と、メールの冒頭に必ず記入でしょ? 「先日は、お世話になりました。」とするでしょ? 「お世話になった・・さんに、お礼を言いたいと思います」 「お世話になったんだから…挨拶にいきなさいよ。」 というように、「お世話」という言葉を頻繁に使用する。 これだけ、日本人がお世話という言葉を使用するのはは、最低限、人に感謝をする、人に感謝をしなければならない、ということが頭と心に刻みこまれているから。「感謝しろ!人に感謝しなければ人生はうまくいかない。」というのが、日本人の価値観の根底にはあります。 そして、日本人は、持ちつ持たれつの関係や信頼関係を保つということが人間関係においてとても重要だから、ビジネス上でも「お世話になりました」という言葉は、キーワードだね。 人のことをお世話するのが、とっても大好き。=日本人。 親切に留学生のお世話をし、親切に人に手を差し伸べる。 これが、ザ・日本人。 外国人は、どのように思うのだろうか?この日本人たちを…。 逆に、外国人だって、こんなに人の世話をすることが好きなのだろうか? 世話好きの度が超えると、おせっかいすぎることもあるけど、基本、人に親切にすることで自分の幸せを感じるのが日本人なの。だから、自己満足でいいんじゃないの?頼んでもいないのにぃ、お世話ばかりするんだよ。親切が行き届いておりますなぁ。。。さっすが! そういう私も、留学生のお世話ばっかりしていたな。 頼まれてもいないのに、家に招いて、お食事をして、いらなくなった洋服をたくさんあげて、そして日本語を教えて、日本文化まで教えて、そして「あんたは、ここがわかっていない!」と説教までしてしまいました。 きっと、うっとおしかったかも?ごめんなさい・・・。 でも、お世話をした留学生とは、今でも関係が続いているからよしとするか!

可愛い日本人003

旅行先で必ず買うね「お土産」 日本人は旅行に行くとき、どこに行ってもお土産を購入する。 それも、結構、高いものを。 欧米人の人はあまりお土産を買わないことで有名である。特に、最近は、日本では100円ショップが流行っているようだ。節約、節約なのだ。 日本人は、物に対する執着が強すぎるのではないのだろうか。 風景などよりも、むしろ、「そこに行った」ということを周りに証明することが大事なのであり、そのためにお土産を買うのである。 欧米人は、自分が目で見て、自分が体験するということが旅行の醍醐味であるという価値観ではないかと思う。 私は、海外に行くと、適当にスーパーで安くて、美味しそうなものを買って、みんなに適当に配るけれど、多くの日本人は、チョコレートにしてもなんでも結構高いものを買って、あんまり親しくない人にでさえ、お土産を買う。 それが、旅行のなかでの、重要事項ベスト3に入るようだ。 旅行は自分が楽しむためにするものなのに。 タイにいったとき、私はスーパーで100~200円くらいのバナナチップやタイ米のライス菓子を5~7個買ったのだが、隣にいた人は、一人1000円くらいのものを30個以上、購入していた。「まず、友達でしょ、親戚でしょ、それから近所の人に…。」 多くの日本人は、たいがいにおいて、差別がないように、全員に同じものをあげる。 私は、その人の好みに合わせて、別々のお土産を買う。 私が買ってきたものは、結構、安いもののわりには、現地の特徴を表すお土産だったから、結構、みんなに喜ばれた。といっても、周りがほとんど外国人だったからであろう。 みんなにチョコレートをあげた人は、どうなったのか? それをあげて、本当に喜ぶものか。 日本人は、なぜチョコレートをお土産にするのだろう? チョコレートは、日本製が一番美味しいのに…。GODIVAやピエールマルコリー二の本店のある、ベルギーのチョコには負けるけど・・・。 日本人は、なぜ、キーホルダーをお土産にするのだろう?キーホルダーは、みんなたくさん持っているのに・・・。これでもか、これでもかというほどに、キーホルダーを持っているのに。 日本人はある程度の値段のものをあげないと、馬鹿にされたかと思うし、お土産をあげるとき「ほんの、気持ちばかりですが・・・。」といって、本当...

可愛い日本人002

日本の女子、それは母親のお人形である。 母親がよいといった洋服を着て、母親がよいといった髪型にし、母親がよいといったメイクをする。 「そんな、短いスカートはやめなさい。もっと清楚な服装にしなさい。」 「そんな、茶髪やめなさい。髪が傷むわよ。」 「そんな、けばいメイクはやめなさい。もっと上品なナチュラルメイクにしなさい。」 いちいち自分の好みを押し付けてくる、それが母親である。お付き合いしている男性の好みにも、口うるさい。一度、母親に合わせたものならば、表面上はにっこり。 「いつも、うちの娘が大変お世話になっております。」 そして彼が帰った後、 「あの子は、マザコンそうだから、やめなさい。」 「あの子は、女の子にもてそうだから、やめなさい。」 「あの子、お金にルーズそうだから、やめなさい。」 こと、結婚相手には、本当に口うるさい。 もう結納もすませてしまっても、もう既に婚約の指輪を渡されていても、 「本当にあの子でいいの?あなただったら、もっといい相手がいただろうに・・・。」 と、自分の娘が選んだ結婚相手に最後の最後まで納得がいかず、愚痴る。 こと結婚式に及んでまで娘の友達に、このように聞く。 「あの子、本当にいいと思う?」 そうして、娘も娘で母親の目を見ながら生きざるを得ず、本当の自分を押し殺して生きなければならない。 自分の本当の気持ちに目をつぶって生きるのである。 一生、反抗期のない娘たちもいるし、ある時、ふと気が付いて、反抗期を迎える娘たちもいる。 ことわたしにおいては、20代後半で反抗期がきた。 母親のお人形であったことに、それまで気が付かなかったのである。 だから、わたしは、大爆発した。 それまでは、いつも一緒に買い物に行き、いつも一緒に旅行にいき、いつも一緒に洋服を見るというなんともべったりな母娘であったのだが、あるときに「あほらし!もうやめぃ、やめぃ。」となったのである。 だが、若干、母親もかわいそうなので、少しだけ気遣うことにしたのだが、以前よりは、ややほったらかしにすることにした。もう、母親のご機嫌取りはやめたのだ。 すると、どんなに心が軽くなったことか・・・。 今までの、重い心の錠がなくなり、私は羽ばたく鳥になった。 だが、結婚相手だけは、自分で選ぶことができないだろう。 結婚相手は、一生の問題であるからだ。 わたしは、母親の納得のいく相...

可愛い日本人001

日本の女子は、鏡とトイレが大好きである。 トイレに鏡があるのだから、トイレに行くのか?かわいい顔でもぶさいくな顔でも、とにかく、鏡をよく見る。まず、顔を見て、メイクを確認し、そして髪型を直し、お腹が出ていないか自分の洋服の上から確かめる。一日、何度見るのであろう。朝起きて、鏡を見る。これは、当然だ。そして、電車の中では窓越しに映る自分の顔を見て、学校のトイレに行っては顔を見て、授業が終わってはトイレに行き、顔を見て、授業中は小さい手持ちの鏡で顔を見る。これは、会社にいっても全く変わらない。何歳になっても変わらない。 そして友達に、「やだー。あたし、顔でかくなってる。昨日、飲みすぎて、むくんでるー。」と嘆く。「昨日の飲み会、結構、飲まされていたもんね。仕方ない、仕方ない、いちごちゃん、すごくノリがいいからさ、盛り上げ役だし。」と友達がフォローし、でも自分は納得がいかない。そして、授業中に後ろの方に座り、ひたすら顔のマッサージをする。そして、その日、飲み物は飲み物は飲まない。という、徹底ぶり。 翌日には、「あたし、今日、目腫れていなーい?彼氏とけんかしてぇー。むかついたから、泣いたんだよね。そしたら、謝ってきたから、許してあげたんだけどー。」「えっ、そうかな?でも、あんずちゃんは、もともと二重だから、全然目立たないよ!大丈夫大丈夫!」と、これまた、すかさずフォローする。そんなに鏡で自分の顔を念入りに見てどうするのだ!?ばばぁになったら、皺(しわ)の数を数える、悲惨な女子にならないことを私は願う。 トイレという場所は、女子達の聖地なのである。男子には見せない、女の本音をぶちまける。 「いつも授業で一番前に座っているあの男の子、かっこいいよねー。」「えっ、そう?私はかっこいいとは思わないけど。」、「あのさー、生理でイライラして、彼氏にやつあたりしちゃった・・・!」「あるある!先週あたしもそうだった。」、「っていうか、今日の合コン、なんかいけてなさそうじゃない?」「うん、でも、男の子がお金、全部出してくれるらしいから、いってみよーよ。暇だしぃ。」 と、いつもは明るく、おしゃれに抜かりのない、大学生が読む雑誌で読モ(読者モデル)として出てくるような「かわいい」女子達が、このような男が聞いたら、冷めてしまうであろう話をしているのである。盗聴器をトイレにおいて、...

可愛い日本人000

私は、日本人である。日本で生まれ、日本で育った。 保守的な田舎で育ち、思春期に東京に出てきた。そこで感じたのは、見たものは、全く違う「人種」である。私が目にする光景のすべては、「私は、原始時代からタイムスリップしたのか!?」というような、不思議な感覚を覚えたものである。全てのスピードも言語も違うのだ。 久しぶりに田舎に帰った。そして、わたしは生粋の田舎の人であるということを確信したのだ。同じ日本人なのに、なぜこうも違うのか?私は、首をかしげざるを得なかった。それから、10数年。都会の生活にもずいぶん慣れたものであるが、やはり根本的なところで田舎の人間であると思う。 久しぶりに生まれ育った故郷に帰省した。そして、わたしは生粋の田舎の人であるということを確信した。もう、田舎から出たくない・・・そう思ったのだが、3日間の滞在後、わたしはまた目まぐるしく動く東京に戻ることになった。 であるからして、外国の人々には、不思議な国・日本、そして不思議な日本人は、とても興味深いものであるということは想像にかたくない。 私という人間は、他人に大和撫子だね。とよくいわれるのだが、実際の性格は全く違う。体裁はよくおとなしく、にこにことして八方美人を装っているのだが、実際に自分の根本的な信念とは全く異なる行動をされると、「かちん」と頭にきて、お偉いさんであろうが、年長者であろうが、はっきりと物を申す。私の、こうした二面性に人々は驚く。自分で自分のイメージを崩しているのだ。実際のところ、自分がそんな人間だとは全く思わなかった。だが、私はそういう人間だ。白黒はっきりつけたいという、まだ成熟していないのだろう。 さらに私は数年間、外国人に囲まれた環境に身を置いてたため、若干、日本人とは異なる価値観を持つ。オープンな性格だし、下手したら日本社会、特に、日本の会社ではかなり浮いてしまう存在となってしまう。「根回し」や「本音と建て前」というのが大嫌いだ。だからこそ、日本社会にあまりなじめない。とうより、なじみたくない!ただのわがままだ。 これから、日本人の2面性や、とてもささいな街角で見かける面白いエピソードなどを紹介していきたいと思う。