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12月, 2010の投稿を表示しています

よい週末025

中国のホワイトカラーの週末。 ベッドルーム、コーヒーショップ、公園、さらにトイレ......インターネットさえあれば、あなたは、世界有名大学、人気教授のクラスを、いつでもどこでもしかも無料で受講できる。 2010年初頭から、中国本土でオープンクラスのブームが広がっている。これらの“聴講者(受講者に対する言い方)”は1年足らずの時間で急速に増えてきた。このブームの背後には、10年の間も拡大し続けている国際教育資源のシェアとオープンがある。このキャンペーンの先導者は、知識の共有は大学の第一の使命であり、インターネットや他の新しい技術を用いて、少数精鋭ではなく、より多くの人に高等教育を提供すべきだと確信している。 中国のホワイトカラーにとって、オープンクラスはまるで空から落ちてきた知識の饗宴、知らないうちに人々の生活に入り込んだ。それは一人独占のマスタークラスであり、新しい生活でもある。 「学習、生活、あらゆる面においても、誰かに牽引されているようだ。脱力感、困惑、混乱。肩苦しく前に進みながら、『幸せ』のレッスン(オープンクラスの一つ)を聞くのは唯一のやることとなった。」 これは、Doubanの“1時間早起き、毎日オープンクラス”コミュニティに書き込まれた言葉だった。このコミュニティは学習日の進行状況を把握しながら、メンバとともに毎日20分オープンクラスを受講する。1ヶ月になっていないのに、約1500の参加者を集めた。

16平米

クリスマスは、一瞬にして、過去の思い出となった。 去年のクリスマスイブは友達6人と六本木のクラブに出かけた。外国人、地方出身の日本人、中国人、あんな夜中に皆かなりのハイテンションで熱く踊っていた。朝食の店で何人かの知り合いに会ってふと気がついた:寂しいから、そこにいた。あれからクラブにいくのをやめた。別に寂しくないからだ。

アジアロジック

結論を先に言うのはどうやらビジネス文章の書き方の基礎だそうだ。 会社の新人教育も必ずこう教わる。でも、良く考えてみると、結論を前置き=因果関係の逆転ではないかと。アジア言語では、原因から結果という流れで物事を説明するけれど、日本語でいうと、「・・・・だから・・・・」、中国語では「因為・・・、所以・・・・」。つまり、原因を先に述べて、その後原因で生じた結果を語る。時間を軸にして叙述する。 しかし、英語はそうではい。「Because・・・・」は結果文の後ろに付ける。要するに、結論を先にいうのは英語圏のビジネスのやり方で、唐突であり、アジア文化に馴染んでいない。だから、できるだけクッション言葉をいれて自然な日本語にしようとする。 じゃあ、そもそも結論を先に言うのはやめて、物事について順を追って述べれば良い。 例えば、昔は山があり、山の中にはお寺がある。お寺に住んでいる年取ったお坊さんと若いお坊さんがいる。年上の坊主は若い坊主に物語を語っている。その話を聞くと、昔は山があり、山の中にはお寺がある・・・・(笑)

よい週末024

最近は外山滋比古の「思考の整理学」を読んでいる。すごく共感を呼ぶ本だ。人間は朝の考え方と夜の考え方が違うらしい。だから、夜中にひらめいたものをそのまま一晩寝かせて、見方が変わってくると言われている。時にはなんでそんなにひどいものを書いてしまったのと自問する。やっぱり人間は夜になると感情的になってしまうそうだ。だから、間隔を置いて整理する時間があったほうがいい。 ちなみに、ちょうどその前、ユニクロの主席アートディレクター佐藤可士和の「超整理学」を読んだ。モノを片付けていくうちに、新たなモノを迎えることができる。アイディアもそうである。空間(部屋など)を整理することで、新しいアイディアが生まれるかもしれない。 すなわち、思考の整理、空間の整理あるいは時間の整理はみんな同じ。整理力は今の情報溢れる社会に不可欠なスキルとなるのでは? すごくもったいないと思ったのは、せっかく書き留めたノート、メモを読み返さないと、その知識を覚えられないし、もっとひどい場合、その存在すら忘れてしまう。 魚は短期的記憶しかない(3秒らしい)と言われるが、大きなスケールからみると、人間もそうであるまいか。覚えられることには限りがある。だから、ちゃんと整理しないと、金魚みたいに橋を渡れば別の世界になってしまう。

よい週末023

晴れ。 マンションの窓から電柱の上に立っているカラスの姿が見える。普段は元気な「カーカー」の鳴き声もせずに、今日はずっと黙っている。 何かを伝えたいかな、「海辺のカフカ」のあるカラスを連想させる。モノクロ、森、山小屋、ブルー、独り。まだまだ寒くないけれど、12月のクリスマスを迎える。おそらく今年も雪なしのクリスマスイブになるだろう。ロマンチックではなく、淡白な東京の冬にぴったりかもしれない。 午後、大学のOB会に出かけた。会場は渋谷のあるホテルの2階、店の1階はどこかの会社の忘年会をやっているようだ。おととしと同じ立食パーティーだと思い込んだが、すっかり合コンみたいな一列の対面式となっている。貸切とはいえ、全員とのコミュニケーションを取りにくいね。冒頭の挨拶もビンゴ大会もちょっとね。サークル、部活などで幹事を務めた経験があると思うけど、さすが社会人の訓練に負けているね(うちの新人にも)。 去年は行かなかったから、先生にも久々だ。でも先生は先生で相変わらずである。温厚且つフリーダム、乾杯の前にすでに一人でビールを飲み始めた(笑)。そういうところが好きなところだ。 でも、そのような自由奔放なリーダーシップは日本の大学の“ゼミ経営”に相応しくない(シリコンバレーのベンチャー企業では通用する)かも。日本的な組織というのは、メンバーに自由を与えるのではなく、規則や規律を教える。それが代々継承の日本流マネジメントだと最近気がついた。何でも条文にまとめて明文化する(もしくはマニュアル化)。だから、先生のマネジメントは“土水不服(消化不良)”のせいか、ゼミ生の質は代々落ちている気がする。Googleのような自由を標榜する企業文化が何万人に上る規模の組織を牽引するのはよくできているなと思っている。 で、話が戻るけど、先生もiPadを買った。しかも、先行発売のアメリカで買ったらしい。最近、学会の論文、学生のレポートを全てiPadで読んでいるそうだ。結構フル活用だ。 俺はiPadは絶対売れない、ただのBig iPhoneだと最初は思った。たしかに、iPhoneと同じOSで、スクリーンは3倍にしただけ。だが、実際使ってみたら違うことがわかった。スクリーンを3倍大きくしただけで、携帯とノートPCのあいだのニッチ市場を獲得した。 本を読むには、文庫本のサイズは限界だ。そも...