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新しい生活

  9月から仕事をはじめた。通勤にかかる時間は1日2時間。4月に免許を取得したばかりで、仕事を始めるまではほとんど運転した事もなかった。
  仕事をはじめて思った事は、結婚して子供ができても自分の仕事は持っているべきと言うこと。家庭に入ったら仕事を辞めると言う人も多いし、それが向いている人もたくさんいると思う。けれど私は違ったように思う。
  仕事はやりがいを与えてくれるけれど、ストレスや不条理な事もたくさんある。けれど、家に一日中いて自分の子供以外ほとんど誰とも話さない生活の閉塞感は例えようがない。ママ友も作ろうとしたけれど、それまで東京や海外で暮らしていた私にとっては北陸から出た事のないママたちと意見が合うわけもない。結局、国際結婚をしている友達としか気が合わず、そんな友達はみんな海外に住んでいたりして、なかなか会うこともできない。
  自分の可能性を考えた時、可能性のために子供を作らないという女性もたくさんいると思う。けれど、自分自身は子供を作った事は全く後悔はしていない。世界に羽ばたいて活躍するというような仕事をしていくのは少し難しくなったかもしれないけれど、自分のリミットを作ってしまうからそこにリミットができるように思う。もちろん、子供がいる事で独身の頃のようにはできないことも数え切れないほどある。
  例えば子供が夜泣きをして睡眠が充分にとれないとか、旅行に行きたくてもなかなか難しいとか。でも、それを不満として抱えるのは良くないように思う。今の子供との時間は他の体験とは全く違う次元のものだと思うし、それは今しかできない事だと思っている。
  人の生き方は人それぞれと言うのに、結局みんな同じような生き方をしているように見える時がある。私は他の人と同じような生き方がしたいとは思わない。でも、同じように生きる事の安心感や安定感も子供ができてからは大切な事のように思う。
  ここ数ヶ月ずっと考えていた事は自分を裏切らない、自分の持っている感情としっかり向き合う、なぜそう思うのか、なぜこうなったのか、しっかり考えて前に進む。人と違う事で起きる不安は今に始まった事でないけれど、また新たに自分の道を切り開いて行くのは容易い事ではない。自分の人生に責任を持つ事、人生は一度きりなんだし、自分の人生をちゃんと自分のものにできているかを考えて進んでいくこと。難しいけれど、そんな事を目標にしていこうと思う。

  例え結婚しようが子供ができようが、良い友人がいようが、人は結局いつまでも孤独なものだと思う。この孤独や不安から何が自分を救ってくれるのだろうかって考えた時に、自分は自分の愛するもの、例えば芸術や、音楽や、映画、本、自分が10代の頃に引きこもってたくさんの自分の好きなものを探していたけれど、今になってあの頃に見つけたものや、その延長にあるものが自分を支えてくれたりする。私は外に何かを期待して出ていくんじゃない、自分の中にあるものを見失わないように生きていく。だから、結局は自分の抱えている孤独だって愛せないとダメなんだろうと思う。弱音を吐いたり、もうだめだって思う事もたくさんあるけれど、誰かが見つけてくれて助けてくれて救われるっていうようなおとぎ話のような世界はこの世にはないと思う。と、好きな音楽を聴きながら思う。

  仕事ではなぜかバングラデシュ人たちとよく話す機会がある。エジプト人やマレーシア人とも話す機会がある。普段、静かであまり笑う事のないバングラ人が今日はカレーが上手くできたと嬉しそうに話す様子や、日本の免許は難しいと頭を抱えている様子を日々眺めながら過ごしている。バングラデシュではどんな緩いテストで免許を出しているのか分からないけれど、日本の免許を取ろうとしても難しくて取れないと話していた。今までに5回免許を受けに行って、1回はポールにぶつかった、1回は方向指示器を出さなかった、1回は後方確認をしていなかった、そんな感じで毎回落とされている。
  バングラデシュ人は思っていたよりも礼儀正しく、シャイな人が多い印象を受ける。私の知る限り、陽気な人はいても声の大きな人はあまりいない。バングラ人は誕生日なんて特に祝ったりしないんだよと言いながら、インド訛りの英語でトゥデイイズマイバースデー!と言ってくる。寒いと言いながら夏のサンダルに靴下を履いていたり、イスラム教徒の民族衣装にも冬服があるみたいでそんなのを着てきたり、毎日が異文化交流であり、毎日が驚きと笑いと違和感の連続だ。

  仕事では中国語を使う事も時々ある。なぜか大きな組織なのに中国語ができる人間は私1人しかいないらしく、4ヶ国語を話す才女?として噂が広まっているお陰で中国語の通訳をお願いされる事もある。中国の田舎のおじいさんの訳の分からない話を聞いたり、頑固親父のワガママを看護婦さんに伝えたり、台湾人のおっさんの訳の分からないほぼ台湾語のような彼らの言う國語、を訳していると、お前の國語ではアレだなと不満をぶつけられる。私だって台湾訛りで話すように訓練されていないんだからどうしようもない。
  いくつかの言葉が話せる事は決して自然にできている事ではないし、だからと言ってものすごい努力の賜物という訳でもない。けれど、他の人から見ると時々、私は簡単にいろんな言葉を話していると言うような印象を受けているように思う。他の人がどう頑張ってもできないものをできると言うのは、特殊な人間である事に間違いない気がする。けれど、いくら特殊と言ってもやはり人間、あ、あの人に頼めばいいよねというノリで頼まれるのは少し疲れる。4ヶ国語できても完璧ではない。今でもどの言語を話すのでも書くのでも日々辞書を使うようにしている。そういう意識を持つ事によってほんの少しずつ上手くなっているだけなんだと、そう思う。

  世界は広い。自分がたくさんの言語を話せるように、自分の可能性も無限にあるんじゃないかと思う時がある。けれどとりあえず、今与えられている場所でベストを尽くす事、それを今の目標にしている。

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